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大阪高等裁判所 昭和60年(行コ)2号 判決 1985年10月08日

控訴人(原告) 稲毛虎次郎

被控訴人(被告) 神戸市建築主事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審での予備的請求を却下する。

当審の訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人が昭和五七年一月九日付でした神住建審第八七一号建築確認処分の取消処分を取消す。

3  (当審での予備的請求)

被控訴人が昭和五七年一月九日付でした神住建審第八七一号建築確認処分の取消処分が無効であることを確認する。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

第二当事者の主張及び証拠関係

次のとおり付加、補正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決事実摘示の補正

1  原判決八枚目裏三行目の「本件取消処分を取消さなければ」を削除する。

2  原判決一〇枚目表七行目の「同2項」の次に「中、原告が昭和五三年一〇月二五日付でその主張のように第八四九号確認に係る三棟の建物のうちA、B二棟の未建築建物につき建築確認申請を取り下げる旨の書面を提出したことは認めるが、その余は」を、同一二行目の「受けたのち、」の次に「平松卓也は」をそれぞれ加え、同末行の「卓也」を「と表示の敷地につき、」と改め、同行の「株式会社富士は」の次に「同図面中富士と表示の敷地につき」を加える。

3  原判決一一枚目表六行目の「株式会社富士」を「株式会社富士倶楽部」と改める。

4  原判決一一枚目裏六行目の「七九七号」を「七九九号」と改める。

5  原判決一二枚目裏末行の「包合」を「包含」と改める。

6  原判決一三枚目表四行目の「実行性」を「実効性」と改める。

二  控訴人の当審での主張

1  (本案前の抗弁に対する反論の補足)

(一) 控訴人は、第七九九号確認にかかる建築計画及び第八四九号確認にかかるB棟の建築計画のうち、車庫については、いずれも、本件取消処分のために工事に着工できず、いまだ未完成のままである。

したがつて、この点からだけでも、控訴人に本件取消処分の取消を求める法律上の利益があることは明らかである。

(二) 建築基準法九条一項によれば、特定行政庁は、この法律又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建築物については、建築主等に対し、当該工事の施工の停止を命じ、当該建築物の除却その他これらの規定に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができるとされているが、ここにいう「この法律又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建築物」とは、確認申請あるいは完工検査申請をすれば適法となりうる実質的に建築法規に適合した建築物を指すのではなく、建築確認を受けずに工事に着手した建築中の建物あるいは完成した建物を指すことは明らかである。この理は、一度建築確認がされ、後に取消された建物についても同様である。もし、右の様に解しないと、特定行政庁は、全く建築確認を受けないで建築工事に着手した建物について、それが実質的に建築基準法所定の要件に適合する限りは、工事停止命令も除却命令等も発しえないこととなるからである。

2(予備的請求の原因)

(一) 仮に、本件取消処分の取消を求める控訴人の従来からの請求が、「建物の完成」あるいは「建築確認申請の取下」を理由に訴の利益を欠くとされるとしたら、被控訴人が本件取消処分をした当時、既に、右の「建物の完成」、「建築確認申請の取下」の事由は存在していたのであるから、控訴人の右請求が訴の利益を欠くとされるのと同一の理由により、本件取消処分はこれを行う利益がなかつたこととなる。

(二) 行政処分の取消処分は、取消の対象となる行政処分が形式的にも実質的にも有効に存在してこそ効力を有するものであるが、被控訴人の主張によれば、本訴取消請求が利益を欠く理由とされる「建物の完成」及び「建築確認申請の取下」は、建築確認の対象が存在しなくなつたことを意味するというのであるから、本件取消処分は、行政庁が自ら、取消すべき対象がないのに敢てしたものということになる。

(三) 右のとおり、行政処分としてはその効力を実質的に失つたとされる処分を取消した本件取消処分は、重大かつ明白な瑕疵のある処分であつて無効であるから、その確認を求める。

三  被控訴人の当審での主張

1  控訴人は、原審において、第七九九号確認に係る建築物及び第八四九号確認に係る建築物のうちB棟が完成したことを認めていたのに、当審に至り、車庫が未完成であると主張するのは自白の撤回に当る。したがつて、被控訴人としてはこれに異議がある。

2  控訴人が未完成と主張する車庫は、いずれも「屋根及び柱」をもつて構成され、既に完成済みである。

3  建築確認が取消されて、未確認の状態になつたからといつて、法律上建築基準法九条一項の除却命令等が出されるわけではない。右命令が出されるか否かは実質的に建築物が適法か否かの観点から判断されるのであつて、建築確認の有無は無関係である。

4  予備的請求である本件取消処分の無効確認請求は、その効果において、主位的請求である本件取消処分の取消請求と同じであつて、主位的請求と同様の理由により、訴の利益は存しない。

なお、仮に控訴人の無効の主張の趣旨が、本件取消処分には処分性がないというのであれば、処分性のない行政行為に対する無効確認の訴えは、これ又訴の利益がない。

四  当審での証拠関係<省略>

理由

一  当裁判所も、控訴人の本件取消処分の取消請求(主位的請求)は不適法として、却下すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加・補正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一四枚目表二行目の「請求原因1及び」を「請求原因1項中、第七九九号確認に基づく建物及び第八四九号確認に基づくB棟の建物が全部完成したか否かの点を除くその余の事実並びに」と改める。

2  原判決一四枚目裏三行目の「きらに」を「さらに」と改める。

3  原判決一五枚目表一行目の「もつて」の次に「判断、」を加え、同二行目から三行目にかけての「適法に建築工事をなしうるという」を「前記の法六条五項による建築工事の禁止を解除されるという」と改める。

4  原判決一五枚目裏六行目の「除去」を「除却」と改め、同八行目の末尾に「それらはいずれも、当該建築物が建築確認に係る計画どおりのものであるかどうかを基準としてされるものではないし、是正措置命令を発するかどうかは、特定行政庁の裁量に委ねられている。」を加える。

5  原判決一六枚目表四行目の「に従つて適法に建築しうる」を「に従う建築工事については前記禁止が解除される」と改める。

6  原判決一六枚目裏二行目の「除去」を「除却」と改め、同行の末尾に「そして、このことは、一旦建築確認を受け建築工事に着手した後に、その確認が取消された場合においても同様である。控訴人の当審での主張1(二)中右説示と異なる部分は採用しない。」を加える。

7  原判決一七枚目表二行目の「適法に建築工事をしうる」を「法六条五項による建築工事の禁止が解除される」と改め、同八行目の「の全部」を削除し、同九行目の「建築物」の次に「につき、いずれも、少くとも車庫を除く部分」を、同一二行目の「取り下げ」の次に「る旨の書面を提出し」をそれぞれ加える。

8  原判決一七枚目裏一行目の次に、改行のうえ、左の説示を加える。

「ところで、控訴人は、原審においては、第七九九号確認に係る建築物の全部及び第八四九号確認に係る建築物のうち一棟(B棟)の建築物を既に完成させた旨、自ら積極的に主張し、これを本件取消処分の違法性を基礎づける一事由としていたのに、当審に至り、右主張を一部撤回、変更して、右各建築物は車庫が未完成である旨主張している。

しかしながら、次に説示するとおり、控訴人の原審での自認主張が事実に反するものとは到底いえず、むしろ、右建築物は、その建築工事が既に完了し、完成しているものと認められるから、控訴人の当審での主張1(一)は失当である。

まず、なるほど、控訴人本人の当審での供述中には、右各建築物本体の東側に接して車庫を建築する計画であつたが、これは完成されていない旨、その当審主張に沿う部分がある。また、成立に争いのない甲第一一号証(第七九九号確認の通知書)、第一二号証(第八四九号確認の通知書)の添付図面には控訴人本人の供述に符合する部分に「車庫」との表示が記載され、且つ、右甲第一二号証によれば第八四九号確認に係る建築計画には車庫部分の規模、面積、構造が明示されているところ、右各建築物の写真であることに争いのない乙第六号証の一ないし四及び右控訴人本人尋問の結果によれば、前記各建物には、右計画に明示されたような規模、構造の車庫は建築されていないことが認められる。

しかしながら、右甲第一一号証、成立に争いのない甲第二、三号証によれば、第七九九号確認の申請書には、車庫の規模、構造の記載もなく、その床面積や添付図面の表示上も車庫は確認申請建築物に含まれていないことが認められ、これを前記甲第一二号証の記載と対比すれば、第七九九号確認に係る建築計画には、控訴人の主張供述する車庫は含まれていないことが明らかである。したがつて、右確認に係る建築物に関しては、前記争いのない部分の完成をもつて、その建築工事が完了しているものというべきである。

次に、右甲第一二号証によれば、第八四九号確認に係る建築計画では、前記B棟の建築物にはその西側に接して前記第七九九号確認に係る建築物との間に床面積一九・九三平方メートルの車庫を附属建築するとされている(尚、B棟の東側にはC棟用の車庫を建築するとされている)ことが認められるところ、前掲乙第六号証の一ないし四及び控訴人本人尋問の結果(原審及び当審)によれば、控訴人は、昭和五三年六月頃、少くともB棟の本体部分(車庫、物置以外の部分)を完成し、以後これを第三者に賃貸、居住させてきたこと、右の頃B棟西側の前記B棟の車庫として計画された部分にほぼ相応する位置に、屋根、梁、床を有し、右B棟及び第七九九号確認の両建築物の外壁に接着する建築物が建築され、物置として使用されてきたこと及び右B棟の東側にも、屋根、柱、床を有し、B棟の外壁に接着する建築物が建築され、車庫として使用されてきたことが認められる。そして、控訴人本人は、原審において、第八四九号確認に係るB棟の建築物は昭和五三年六月に竣工、完成している旨供述している。また、建築確認を受けても、その確認の建築計画のとおりに建築すべきことを定めた法条はないし、実際には、しばしば右計画とは一部異つた内容で建築工事が行われることは顕著な事実である。以上の点に、前記当事者間に争いがない事実及び控訴人の主張の経緯・態度を合わせ考えれば、控訴人は、第八四九号確認に係るB棟の建築工事をその計画とは一部異つた態様で完了したものと認めるのが相当である。

そして、以上の認定に反する前記控訴人本人の当審での供述部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。」

9  原判決一七枚目裏四行目から五行目にかけての「当該確認」から同五行目の「利益を」までを「前記のような法的効果を付与されている前記各建築確認処分が取消される以前の状態を」と改める。

10  原判決一九枚目表六行目から七行目にかけての「取り下げている。」を「取り下げる旨の書面を提出したことは前記のとおりであり、その経緯は次のとおりである。」と改め、同九行目の「結果」の次に「(原審)」を加える。

11  原判決一九枚目裏四行目の「取り下げ」の次に「る旨の書面を提出し」を加え、同九行目の「物を適法に工事着手し完成させうる」を「工事に関する法六条五項の禁止を解除される」と、同一一行目の「必要とし」を「有し」とそれぞれ改める。

二  控訴人の当審での予備的請求について

1  まず、右予備的請求の追加の許否について検討するに、本件の原判決は控訴人の訴え(主位的請求)を却下した訴訟判決であるけれども、本件にあつては、(1)主位的請求と予備的請求とは、同一の処分に対する取消請求と無効確認請求であり、その違法性の根拠として主張する事由の一部と無効であることの根拠として主張する事由が同一であつて、請求の基礎を同じくすることは明らかであること、(2)後記のとおり、主位的請求に関する訴訟資料によつて直ちに予備請求についても判断することが可能であつて、訴訟手続を遅滞させるおそれもないこと、(3)被控訴人は、右予備的請求の追加自体には異議を述べずに、その追加された予備的請求も訴えの利益を欠く旨の弁論をしていること、以上の事情が存在するのであるから、かかる場合には、当審での右予備的請求の追加も許容すべきものである。

2  そこで、右予備的請求(本件取消処分の無効確認請求)について検討するに、前記一で本件取消処分の取消を求めることについて説示したのと同一の理由により、控訴人は、本件取消処分の無効確認を求めるについても法律上の利益を有しないものというべきであるから、右請求も訴の利益を欠き不適法たるを免れない。

三  以上の次第で、控訴人の本件取消処分取消請求(主位的請求)を却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴人の当審での予備的請求も不適法であるから却下することとし、当審の訴訟費用につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 道下徹 渡辺修明)

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